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DeafSTAR DFCL1078 |
2002年夏のNHK「みんなのうた」で流れたのをきっかけとして、H.C.ワークのメランコリックな名作「大きな古時計」が再び注目を浴びている。
平井堅が歌ったこの新バージョン(写真)は、8月末の発売と同時にチャート1位となり、予想を超えた反響を呼ぶまでにもなった。
ここでは、この歌のオリジナルにまつわる逸話を紹介しよう。
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「大きな古時計」は、原題を「Grandfather's Clock」という。作詞作曲は、ヘンリー・クレイ・ワークという人物である(平井堅も2トラック目で原詞で歌っている)。
ワークは1832年に生まれたアメリカ人で、コネチカット州ミドルタウンで育った人物だった。父親は黒人奴隷を解放するための地下組織「アンダーグラウンド・レイルロード」のメンバーだったらしく、ワーク自身も熱心な奴隷解放論者として知られていた。
20代のワークは、シカゴで印刷の仕事に就いていたが、女性牧師 E. P. クリスティの勧めをきっかけにして歌作りに本格的に取り組むようになった。その才能は、南北戦争期のアメリカの作家としては、ステファン・フォスターやジョージ・フレデリック・ルートと並ぶ存在と高く評価され、「Kingdom Coming」「Marching through Georgia」「Grandfather's Clock」といった代表作は、シート・ミュージック(楽譜)としてたくさんの利潤をも生み出すこととなった。
特に「Grandfather's Clock」は百万枚も売れたとされる。ワークが亡くなるのは、1884年のことである。
「Grandfather's Clock」が発表されたのは1876年のことだった。
この歌は、ワークがその2年前、イギリスのダーラム州にあるホテルに泊まったことから生まれたと言われている。
ピアスブリッジにあるジョージ・ホテルで、彼は古びて動かない大きな時計が置いてあるのを目撃する。ホテルのオウナーにその訳を訊ねると、オウナーはジョンキンズ兄弟というこのホテルのかつての持ち主のことを語りは始めたのだった。
オウナーの話によれば、この大きな時計は、ジェンキンズ兄弟の兄が生まれた時に買い入れられたものだったそうである。
日々、正確な時を刻んでいたこの時計だったが、異変が起きたのは、弟が病で倒れた時からだった。弟の死を境に、大時計は狂いはじめ、最後には直してもラチがあかないという状態にまでなってしまった。
そして、弟が死んでから1年、今度は兄が亡くなる。
その時、この時計は、「11時5分」という兄の亡くなった時間を「正確に」指し示し、ぴくりとも動かなくなっていたそうである。
ワークはオーナーが語るこの話に深いインスピレーションを受け、一晩で書き上げたというのが、「Grandfather's Clock」だった。
ワークのこの歌は、1962年、NHKの「みんなのうた」で「大きな古時計」として紹介され、日本にも定着した。
日本語の詞を担当したのは、保富康午(ほとみ・こうご)である。
保富は、1930年に東京に生まれ、1984年に54歳という若さで亡くなった人物で、主にテレビに関係の深い作品を数多く残した作詞家として活躍した。代表的な作品としては、「ドカベン」「おれば鉄兵」「科学忍者隊ガッチャマンII」「タイガーマスクII世」などがあるが、作詞家として名を残すものとしては、やはりこの「大きな古時計」に尽きるはずだ。