秋の日
北原白秋
小さいその兒があかあかと
とんぼがへりや、皿まはし……
小さいその兒はしなしなと身體反らして逆さまに
足を輪にして、手に受けて顔を踵にちよと挾む。
足のあひだにその顔の坐るかなしさ生じろさ。
落る夕日のまんまろな光眺めてまじまじと
足を輪にして顔据えて、小さいその兒はまた涙。
『傍にや親爺が眞面目がほ
鉦や太鼓でちんからと、俵くづし
の輕業の浮いた囃子がちんからと。』
知らぬ他國の潟海に鴨の鳴くこゑほのじろく
魚市場の夕映が血なまぐさそに照るばかり、
人立ちもないけうとさに秋も過ぎ行く、ちんからと。――
小さいその兒がたゞひとりとんぼがへりや皿まはし……