桜井の訣別 ---- 落合直文/奥山朝恭
明治32年(1899年)6月
『湊川』
桜井の訣別
(青葉茂れる桜井の)
桜井の訣別
落合直文
一 青葉茂れる桜井の
里のわたりの夕まぐれ
木の下蔭に駒とめて
世の行く末をつくづくと
忍ぶ鎧の袖の上に
散るは涙かはた露か
二 正成涙を打ち払い
我子正行呼び寄せて
父は兵庫へ赴かん
彼方の浦にて討死せん
いましはここまで来れども
とくとく帰れ故郷へ
三 父上いかにのたもうも
見捨てまつりてわれ一人
いかで帰らん帰られん
この正行は年こそは
いまだ若けれ諸共に
御供仕えん死出の旅
四 いましをここより帰さんは
わが私の為ならず
己れ討死なさんには
世は尊氏のままならん
早く生い立ち大君に
仕えまつれよ国のため
五 この一刀はいにし年
君の賜いし物なるぞ
この世の別れの形見にと
汝にこれを贈りてん
行けよ正行故郷へ
老いたる母の待ちまさん
六 共に見送り見反りて
別れを惜しむ折からに
またも降り来る五月雨の
空に聞こゆる時鳥
誰れか哀れと聞かざらん
あわれ血に泣くその声を
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